遺伝性乳癌卵巣癌症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome; HBOC)は、家族性に乳がんや卵巣がんのリスクが高まる遺伝性疾患で、常染色体優性遺伝形式を示します。この症候群は、ブラッカ1遺伝子(BRCA1)またはブラッカ2遺伝子(BRCA2)の変異によって引き起こされることが多いです。現時点でBRCA1やBRCA2 以外の遺伝子も同定されています。このような単一遺伝子の変異により易罹患性に関わる遺伝性腫瘍は、乳癌の7~10%を占めると考えられています。

BRCA1およびBRCA2遺伝子は、がん抑制遺伝子として知られており、細胞のDNA修復メカニズムや細胞周期制御に関与しています。これらの遺伝子変異により、細胞の正常な機能が妨げられ、がんの発生リスクが増加します。
疫学・症状
乳癌
BRCA変異保持者の乳癌の累積罹患リスクは、BRCA1とBRCA2に対しそれぞれ70 歳で57%、40%とされています。Noguchiらの報告によると、日本人BRCA 変異保持者に発症した乳癌には、若年発症(44歳)、両側乳癌の頻度が高い(約3割)などの特徴が示されてます。
卵巣癌
BRCA 変異保持者の卵巣癌の累積罹患リスクは、BRCA変異保持者70 歳でBRCA1に対し40%、BRCA2に対し18%とされてます。また,BRCA変異保持者の卵巣癌において組織型では81%が漿液性癌であり、またⅢ期、Ⅳ期の進行症例が8 割を占めています。
前立腺癌
男性では前立腺癌の罹患リスクが高く、特にBRCA2変異保持者では一般の2~6 倍の罹患リスクがあります。
検査・診断
HBOC症候群の診断は、家族歴、乳がんや卵巣がんの早期発症、複数のがんの同時存在などの情報をもとに行われます。遺伝カウンセリングや遺伝子検査が行われることもあります。遺伝子検査によってBRCA1やBRCA2の変異が見つかった場合、本人や家族のがんリスク評価や適切な予防措置が行われることがあります。BRCA遺伝学的検査は、以下のいずれかの項目が当てはまる場合にの保険適応です。
1. 45 歳以下の発症
2. 60 歳以下のトリプルネガティブ乳がん
3. 2 個以上の原発乳がん発症
4. 第3 度近親者内に乳がんまたは卵巣がん発症者がいる
5. 男性乳がん
治療・予後
NCCNガイドラインによると、HBOC症候群に対して次のような対策が推奨されている。
(1)計画的なサーベイランス
(2)化学予防(chemoprevention)
(3)リスク低減卵管卵巣摘出術(risk reducing salpingo-oophorectomy; RRSO)
(4)リスク低減乳房切除術(risk reducing mastectomy; RRM)
2020年4月の診療報酬改定において、HBOC症候群の患者に対する乳房切除術が保険適用となり、それに伴う乳房再建術も保険で行えるようになりました。BRCA病的バリアントが確認された乳癌患者、卵巣癌患者では、リスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)やリスク低減乳房切除術(RRM)が保険適用となっています。また、術前のBRAC分析診断システムが保険適用となりました。
(参考文献)
(1) Miki Y, Swensen J, Stattuck-Eidens D, et al. A strong candidate for the breast and ovarian cancer susceptibility gene BRCA1. Science. 1994; 266(5182): 66-71.
(2) Yoshida K, Miki Y. Role of BRCA1 and BRCA2 as regulators of DNA repair, transcription, and cell cycle in response to DNA damage. Cancer Sci. 2004; 95(11): 866-71.
(3) Wooster R, Bignell G, Lancaster J, et al. Identification of the breast cancer susceptibility gene BRCA2. Nature. 1995; 378(6559): 789-92.
(4) Chen S, Parmigiani G. Meta-analysis of BRCA1 and BRCA2 penetrance. J Clin Oncol. 2007; 25(11):1329-33
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